■ One's eyes ■
ジャンル変更により閉鎖された「Saya's HOME STYLE」様の許可を頂き、転載しました。:::99.08.22(初)::: :::05.05.22(改)::: ひとこと ***** 脱稿日からもう5年。随分昔の作品なのですが、気に入っている短編の一つです。今回少し手直しをしました。 |
気が付いたら気になっていた。 知らず、目があいつを追っている。 日毎に変わっていく表情から目が離せない。 不意に目の前に金のカーテンが広がる。 ぼーっとしていた俺を気にして、シルフィスが立ち止まったらしい。 俺の方を振り向いた為、束ねていた髪が目の前に広がり、鮮やかな蜜色の髪が目に映った。 気配や視線に敏いシルフィスは、俺の遠慮ない視線に気付き、首を傾げて訊ねて来た。 「何?ガゼル」 「え?!いや、何でもない」 慌てて首を振り、ごまかしの笑いをする。 「ははは……」 「…大丈夫?」 困ったような笑みが胸を締め付ける。 女性へと移り変わっていくのが誰の目にもはっきりと判るほど―――シルフィスは変わった。 そして、シルフィスの変化と共に俺の感情も―――変わった。 初めて挨拶を交わした時の俺は、何より尊敬するレオニス=クレベール隊長が自ら迎えに出かけた相手と聞いて食って掛かった。なのに、こいつと来たら全く気にしなかった。えらくすっ呆けた変な奴。それがシルフィスに対する第一印象だった。 アンヘル種がどういう存在か知らなかった訳じゃない。女神の末裔と言われる彼等は、蜜色の髪に新緑の瞳を持つ、類稀なる魔法の才能と美貌の一族だと噂されていた。そして村から出ることなく一生を終える人が殆どだという。 そんな種族を一般市民が見ることは稀と言っていい。 偶然とはいえ、シルフィスと知り合えた俺はある意味、幸運な人間だと思う。噂のアンヘル種を見る事が出来たのだから。 シルフィスも噂通り、きれいな顔と共通の金髪、緑眼の持ち主だった。 それでも、初めの時は俺にとってシルフィスは「変な奴」だった。 きれいな顔をしたライバルで俺の尊敬する隊長が気にかけている存在。だけど、毎日話していく内に、シルフィスは俺の親友となった。同じ志を持つ同士。そのはずだった。 なのに……何時から俺は、シルフィスに対してこんな気持ちを持つようになったんだろう……? 人手が足りずに借り出された街への巡回の時。 無表情な彼が初めて見せた微かな悲しい顔。 あれが始まり。 前を歩いていた隊長が不意に振り向いた。 気配や視線に敏い隊長は、さり気なく見ていたつもりの私の視線に気が付き、聞いてきた。 「どうした?シルフィス」 「いいえ。何でもありません」 何でもないように隊長に首を振って笑って答えた。 私の答えに、隊長の鋭くきつい青い瞳が柔らかくなる。その変化を見て胸が高鳴った。 ……気持ちは未だに告げられない。 こんな中途半端な状態の自分で気持ちを告げたくない。それが本音だった。 村にいた時は、何処か諦めていた。諦めた方が楽だった。一人、分化できなかった事。魔法の才能がなかった事。 アンヘル種ならば当然のしるしが自分にはない。それが辛くて、悲しくて。 私は駄目なんだ、と心で言い続けていた。一生このままなのだろうとも思っていた。 だけど、あの日。騎士にならないか、と言われたあの日。 迎えに来た彼、レオニス=クレベール隊長に会った。 寡黙で無表情。厳しくて恐い人。それが最初の印象。 印象は隊長と話す度に変わっていき、私の中に何かを残していった。 決定打は街の巡回を手伝った時。休憩に寄った湖でモンスターに襲われた。 技量不足で太刀打ち出来ず、怪我をした私を隊長は助けてくれた。 その手当てを受けた時、偶然触れた彼の過去の欠片。 隊長の言葉が信じられなかった。初めて生身の彼に会った気がした。 だからかもしれない。私はあの時の隊長の表情を忘れられない。 全てを諦め、流される事を選んだ人。 彼の見せた経った一度きりの表情が私を突き進ませる。 『諦めるな!』と。 いつか隊長が安らげる場所になって見せる。それが今の私の勝手な希望。 分化が終わったら真っ先に伝えたい言葉。それを胸に今日も側にいる。 それぞれを追う視線。 本当は何も言う資格はないのだろう。 それでもいつか告げてしまう…そんな予感がする。 「それまで!」 シルフィスの木刀がガゼルの首ぎりぎりで止まる。 「ちっきしょー!又負けた!!」 叫ぶや、どかっと訓練所の床に座り込む。 「ガゼル、もう少し相手の隙を作るようにしろ。1本やりではシルフィスに勝てないぞ」 「はい!」 「シルフィスは力で持っていくな。今のお前の力では無理がある」 「はい」 レオニスの助言を真剣に聞く二人に訓練の終わりが告げられた。 「今日はこれまでにしよう」 「やったー!シルフィス、街に行こうぜ。今日半額だってマスターが言ってたんだ!」 「本当?」 「おう!昨日帰りに聞いたんだ。行こうぜ」 少々強引に引っ張られてシルフィスがガゼルの後に続く。 ちらり、とこちらを見るシルフィスに、ついレオニスは微笑んだ。 それを見たシルフィスが、ガゼルに何か言ってこちらに戻ってくる。 「どうした?」 「あの…隊長も一緒に行きませんか?」 「……そうだな。たまには良いか」 「はい!」 レオニスの返事にシルフィスは笑顔で答える。そのシルフィスを、思いつめた視線でガゼルが見つめる。 ガゼルのシルフィスを追う視線、シルフィスの自分を追う視線。 では自分は? 自分の視線の先を考えるのが恐くなり、レオニスは目を伏せた。 fin |